最貧国は知られざる親日国

現在、Bangkok, Thailandにいます!!

世界一周10カ国目!!

旅のルート:Philippines→Thailand→Laos→Vietnam→Cambodia→Thailand

→India→Sri Lanka→India→Bhutan→India→Nepal→India→Bangladesh (New!!)

→India→Thailand

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バンコクに帰ってきたよ〜〜!!記事は引き続きバングラデシュでしゅ。

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今日はちと長いけど、お付き合い下さい。

 

早朝5時、ダッカ行きのバスを待っていると、僕の肩に鳥の糞が降ってきた。

見上げると、1羽の鳥が頭上にいた。

まさに、このクソったれがっ!!って感じ。

 

実はインドでウンコされたのはこれで2回目。(ちなみに合計3回)

こちらでもウンコを落とされると「ラッキーだ」と言われるので、今回のバングラは楽しくなるだろうと前向きに捉えてクソを拭き取る。

 

5時半、バスに乗り込み出発。

3時間程で国境のハリダスプール(バングラ側はベナポール)に到着する。

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無事にバングラデシュに入国。

バングラデシュ側のバス会社のオフィスにて出発を待つ。

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しかし、コルカタでチケットを買った際には12時間でダッカに着くと聞いていたのに、いくら待っても出発する気配がない。

スタッフに聞いてみるが、英語が通じないのでよくわからない。

 

オフィスでお菓子を売る青年。

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「ボス、1個で良いから買ってくれよ」

みたいな事を言ってくるので、仕方なく2個買ってあげた。

チョコがほとんど入ってないウェハース。2個で30タカ(40円)。

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パッサパサ。

 

昼過ぎになっても出発しないので、昼飯を食べに行った。

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バングラデシュでもカレーが一般的な料理。

こちらはチキンカレー。味はまぁまぁ。

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結局、出発したのが夕方の18時。

午前10時にこのオフィスに着いたので、8時間もここで足止めを食らった。

実は、この日は夕方の6時までダッカを中心にデモが行われており、それもあって国境で待機していた様なのだ。

ネットで調べた限りではダッカへ通じる主要な道路が封鎖されることもある様なので、今回も封鎖されていたのかもしれない。

「ダッカ封鎖出来ません!」とはいかなかった様だ。

 

バスでは隣がバングラ人のおじ様。

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マイケル・ジャクソンが好きらしいが、僕はジャネット(妹)の曲しか持っていなかったので、一緒にジャネットの曲を聴く。

 

途中でポッダ川(インドのガンジス川の下流)をフェリーで渡る。

フェリーに乗るのはカンボジアでプノンペンからシェムリアップに行った時以来。

玉しゃんと北村ぱいせんと。懐かしいね〜。

 

白いのは牛さん達。バングラはイスラム教の国なので牛が食べれる。

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久しぶりの牛肉が楽しみ〜〜♩♩ あぁヨダレが。。

そしてフェリーの中でチャイ休憩。

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結局、ダッカに到着したのは夜中の1時!!

隣のおじ様から、「夜のダッカは危険だから、到着したらバス会社のオフィスで夜を明かしなさい」と忠告を受けたので、その通りにこの日はオフィスの椅子で就寝。

他にも泊まる客がちらほら。

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こちらが今夜の寝床。悪くない。

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おやすみなさい。

 

翌朝6時、バス会社のスタッフに起され起床。

すぐに準備をして宿探し。

オートリクシャ(バングラではCNGと言う)を捕まえ目的地へ。

 

しかし、暫く走ると突然近くで「パンッ!!」という銃声の様な音が!!

僕も一瞬ビクっ!!として辺りを見回す。

 

するとリクシャが道路脇に停まり、運転手が新しいタイヤと工具を取り出す。

降りて見ると、単なるパンクであった。。

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いやぁビックリしたぁ。

コルカタでVISA申請した時に「銃撃戦もやってるぞ」とか言われてたから、早速きたかと思った。

 

ちなみにこちらのオートリクシャは金網で覆われている。

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人力のリクシャだと移動中に強盗に襲われる事があるらしいので、徒歩以外の移動は全てオートリクシャを利用した。

 

無事に宿を見つけ、早速ダッカの散策に出かける。

オールドダッカと呼ばれるムガル帝国時代の古い町並み、モティジールという金融機関の集まる地区、そしてグルシャンという外資系企業や大使館の多いエリアを散策した。

 

まず驚いたのは、バングラデシュが思っていた以上に親日国であった事。

 

旅人が全くいないので英語があまり通じず、旅をしにくい国だと聞いていた。

確かにその通りではあったが、街を歩けば必ず日本語を話せるバングラ人が声をかけてくる。

そして彼らはみなとても親切で、何かと助けてくれる。

その為、僕はバングラで困った事は全く無い。楽しく旅を出来た。

 

彼らがなぜ日本語を話せるのかと言うと、日本に住んで仕事をしていたからだ。

多くのバングラ人が日本に来て日本語を学び、仕事をしていると言う。

そんな事は今まで知らなかった。

 

日本に住んでいた時、日本人にはとても親切にされた。

日本人を尊敬しているし、いつも日本を見習って行動している。

70カ国以上の国を訪れたが、日本人が一番素晴らしい。

・・・

 

正直、挙げればキリが無いくらいの賛辞を頂いた。

ちなみに、日本語を話せない他のバングラデシュの人達も、僕が日本人だとわかると

「Japan very beautiful country.」とか「Japan Bangladesh Friendly.」と言ってくれる。英語が話せないと言ってもこのくらいの英単語はみな話せる。

僕の感覚では、親日国と知っていて訪れたスリランカ以上の親日ぶりであった。

 

この国で日本に対する評価がこんなにも高いのは、彼らが日本に訪れた時に接した日本人達、そしてバングラデシュの発展の為に派遣されているJICAスタッフ等々の努力の賜物だろう。また、日本がバングラにおけるODAの1番の支援国ともなっている。僕がこの国で楽しく旅をし、こんなにも素敵な出会いがあったのは間違いなくそんな日本人達のお陰である。

 

僕が最初に日本語で会話した2人。

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左は日本に16年住んでいた男性。右の男性は、弟が日本人女性と結婚し日本に住んでいるそうだ。

彼らが、最近新しく買ったばかりの高級マンションに招待してくれて、しばし休憩がてら雑談してきた。

写真を撮り忘れたのが残念。

 

彼らと別れ、オールド・ダッカへ向かった。

ここは細い路地が迷路の様に入り組んだ古い街。

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インドのバラナシに負けず劣らずの活気だ。

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ここでも日本語を話せる男性と出会う。

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暑い中歩き回って疲れていた時に、彼が声をかけてくれてコーラをご馳走してくれた。

彼の店で雑談しつつ1時間程休憩した。

 

彼も日本に住んでいたが、今はバングラ人の奥さんとダッカに住んでいる。

娘が3人おり、長女の名前が「ナオミ」。下2人の名前も「ナオ」から始まる。

この「ナオミ」、実は彼が日本にいた時に付き合っていた女性の名前だそうだ。

 

両親の反対で彼女とは結婚出来なかったが、彼女の事をとても愛していたので、娘にその名前をつけた。

自分の娘なのに「ナオミさん」と呼んでいたので何故だろうと思っていたが、そんな裏話があった。

 

ショドル・ガットと呼ばれる船の発着場にも行った。

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ここでは昔日本で使われていた「今治⇔瀬戸」と書かれた船を見つけた。

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船だけでなく、街中は日本車で溢れている。ここでもトヨタのシェアは圧倒的だ。

 

そしてこちらはグルシャン地区。

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バングラデシュは最貧国と言われている国の1つだが、このエリアに関しては開発が進み、建設中のビルがあちらこちらにあった。

ダッカの勢いを感じさせるエリアである。

 

ところで、グラミン銀行をご存知だろうか。

バングラデシュの企業で最初にこの名前を思い浮かべる方も多いと思う。

 

グラミン銀行では、マイクロファイナンスという手法で貧困層の人々へ低金利で資金を貸出している。

創設者のムハマド・ユヌス氏はこれによりノーベル平和賞を受賞した事で日本でも有名になった人物だ。

彼は「単なる施しでは堕落してしまうので、意欲的に生きていけるシステムが必要だ」と考えこの取り組みを行っている。

 

簡単に言えば、貧困層にお金を貸し、それを元手に彼らは商売を行い、利息を含めて返済をする。

みな必死に働いて返済していく中で、次第に自立し、貧困層を抜け出していくという仕組みになっている。

貧困層にお金を貸すと返済出来ないのではないかと思いがちだが、様々な仕組みを構築し、貸し倒れ率は1%前後だそうだ。つまり、みんなちゃんとお金を返しているという事だ。

 

新興国や発展途上国を旅すれば、必ず物乞いはいる。

いる、なんてものじゃない。うようよしている。

彼らは生まれながらに物乞いなのだ。

その連鎖から抜け出せないのだ。

 

彼らに必要なのは間違いなく教育である。

どの様に自立して生きていけば良いのか。その教育が足りていない。

その意味では、グラミン銀行の取り組みは1つの解決策になりうる。

興味のある方はもっと調べてみるといいだろう。

 

最後に、ダッカで一番心に響いた出会い。

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カメラを持って歩いている時に彼と出会った。

写真を撮ってくれと言いい、マンホールの中に入っていく。

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中を覗くと下水とゴミで埋め尽くされていた。

素足で汚いマンホールの中に入り、素手でゴミを掃除する。それが彼の仕事であった。

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こんな仕事、出来ない。こんな仕事をさせられて、こんな笑顔でいられるものか。

ファインダーを覗き、彼の顔にピントが合った瞬間、シャッターを押すよりも先にそんな事を思った。

最貧国バングラデシュで必死に生きている彼の笑顔は、僕の心にずしりと響いた。

Ryosuke Oka

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4件のコメント

  1. そーへー · · 返信する

    国旗はその親日の表れですか?
    我々の後輩 と言っても、大学が早稲田なだけですけど、 税所くん って子がバングラの地方の貧しい子供達に、無料で東進の様なビデオ講義を受けさせて、大学に入れよう っていう活動をしてるの最近知りました。
    まあまあ、結果出てるみたいですよ(*^^*)

    にしても、俺 大学で何してたんだろ(;_;)笑

    1. そーへー、国旗は日本とは関係ないと思うんだけど、調べてないw
      そんな活動してる子がいたんだね〜!それは俺も知らなかった!
      学生時代には俺もそんな事思いも浮かばなかったよ。

  2. 旅っていいねー
    世界を知るっていいねー
    あーーーー羨ましー!
    Ryosukeくんの旅で疑似体験させてもらうことに感謝!

    1. 旅っていーですよねー!
      僕も改めて旅の面白さを感じているところです!!
      今後もいろいろとUPしていきますね♩

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