エクアドルの野口英世学校を突撃訪問!!

Now I’m in:Quito, Ecuador 

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今日は野口英世とエクアドルについて。

彼の事を知らない日本人はいないかと思います。

僕も小学生の頃に彼の伝記を何度も読んだのを覚えています。

 

野口英世は、現在我が国の千円札に描かれている人物。

1876年(明治9年)、福島県猪苗代に生まれます。幼少期に囲炉裏で左手に大やけどを負った事は有名な話ですね。

その後、医学の道を志した英世は1897年に医師免許を取得。1904年からはアメリカのロックフェラー研究所にてフレキスナー博士の下で梅毒の研究を始め、生涯でノーベル賞の候補に3度選ばれます。

 

そして1918年、ロックフェラー研究所の要請で、黄熱病が大流行していたエクアドルへ赴任。

当時まだ黄熱病のワクチンが無かった為、黄熱病の病原体の発見の為に野口が派遣されました。

野口が研究の拠点にしていた場所は、現在エクアドル最大の都市グアヤキル。奇しくもここは先日、日本人が殺害された場所です。

 

エクアドルに到着して9日後に野口は病原体を発見し、ワクチンを生成します。

これによってエクアドルや南米諸国の黄熱病が収束したとされています。

この功績により、野口はエクアドル国陸軍大佐そして軍医監の称号を与えれます。

 

野口の発見した病原体は当時、黄熱病の病原体だと信じられていましたが、その後の研究で黄熱病と良く似た症状を引き起こす別の病原体であった事が判明します。がしかし、彼の発見によって多くの命が救われたのも事実。

エクアドルでは彼の功績を讃えて、現在首都のキトとグアヤキルの2カ所に野口英世の胸像が立てられています。

 

僕は先日、キト市内にあるという野口英世の胸像を見に行ってきました。

場所は日本大使館近くの「日本通り」にある「日本公園」の中にあります。

いや、正確には「あるはず」でした。

 

通りの名前が「JAPON」となっています。「JAPON」とはスペイン語で日本。

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こちらが日本公園。綺麗に整備されていました。

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そしてこちらが野口英世の胸像。のあった場所。

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僕は野口英世に会えると思ってここに来たので、最初何が起きているのか理解出来ず、しばらく呆然としてしまいました。

すぐ隣に交番があるので警官に聞いてみると、どうやら盗まれてしまった様で、現在探しているとの事。

それが本当なら、胸像はブロンズ製だったので、それ目当てだったのではないでしょうか。

だとすれば、もう胸像は跡形も無くなってしまっているでしょうね。

 

これには本当にショックを受け、しょんぼりと宿に帰って再度、野口英世とエクアドルについて調べ直していた時、ある記事を発見しました。その記事によれば、キトの郊外に野口英世の名前のついた学校があるとの事!!

その記事を見た瞬間、「これは行くしかない!」と思い、急遽アポ無しで突撃してきました。

 

記事には学校のある「グアイリャバンバ」という村の名前しか書いておらず、どうやって行けば良いのかわからない。

google mapで何とかその村の場所を突き止め、バスターミナルへ行って聞いてみると、まさにそのグアイリャバンバを通るバスを発見。詳しい行き方は、この記事の最後にまとてあるので、そちらを参照して下さい。

 

さて、キトからパンアメリカンハイウェイを45分程北上した場所にグアイリャバンバという村がある。

村の中心地から少し離れた場所に降ろされたので、そこで学校の場所を尋ねる。

「イデヨ・ノグチ学校はどこにあるか知ってますか?」

スペイン語では「H」を発音しないので、「HIDEYO は イデヨ」となる。

 

すると、パルケ・セントラル(中央公園)の近くにあるので、公園に着いたらまた誰かに聞くと良い、と親切に教えてくれた。

歩く事20分、中央公園に着き、再度学校の場所を訪ねると、それはもうすぐそこであった。

もしかしたら学校を探すのに苦労するかもしれないと思っていた僕は、あまりにあっさりと学校に辿り着いてしまったので、心の準備をする時間がなかった。

 

学校の前の通りは「HIDEYO NOGUCHI:野口英世通り」という名前になっている。

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この通りを進むと、遠くから子供達の声が聞こえてくる。

どうやら今は休み時間の様だ。遠くからでも子供達が大はしゃぎしているのがわかる。

 

そしてこれが学校の外観。学校の名前は「Escuela Hideyo Noguchi:野口英世学校」。

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学校に着き、呼び鈴を鳴らす。

しかし、何も反応がない。子供がうるさすぎて呼び鈴が聞こえないのだろう。

何度も鳴らし、ドアを叩き、声を出してみるが、何も反応がない。

 

どうしたものかと思い、とりあえず学校の周囲を歩いてみる。

すると、思っていたよりも大きな学校である事に気付く。

前述した僕の見つけた記事は、もう40年程前にこの学校を訪れた時のもの。

当時は教室が3つ程しか無かったと書いてあった。

 

しばらく学校の周囲をウロウロしていると、教室の窓から子供が顔を出しているのを見つけた。

僕が声を掛けると、他の子供達も窓際に集まって来てちょっとした騒ぎになる。

そんな子供達と何度かやり取りをして、何とか先生を入り口に呼んでもらう事に成功。

 

先生は直ぐにドアを開けてくれた。

自己紹介をし、何故この学校を訪問したのかを説明する。もちろん日本人であると言う事も忘れない。

すると、先生は僕の来訪をとても歓迎してくれた。

 

この先生というのが校長のパトリシア。彼女の事はこの記事の最後に紹介する。

ふぅ。アポ無しでの突撃訪問であったが、歓迎してもらえたのでひとまず安心。

話す内容は、前日の夜にザックリと準備しておいた。

 

校舎内に入ると、大勢の子供達が中庭で遊んでいた。

僕に興味を示した子供達が僕の周りに集まってくる。

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子供達の着ている体操着だろうか、胸元にはしっかりと「Hideyo Noguchi」と書かれている。

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子供達に野口英世はどんな人か知ってる?と聞くと、みな日本人のお医者さんだとちゃんと答える。

それがまた可愛くてたまらない。子供達と写真を撮り、話しているうちに、授業の時間になってしまった。

みな先生に促されて教室に戻り、授業が始まる。

 

その後、校長のパトリシアがいろいろと学校を案内してくれた。

最初に向かったのが校長室。ここに、野口英世の肖像画が掛けられてあった。

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これを見た瞬間、やっと会えたという思いがこみ上げて来て、正直ちょっとウルッとしてしまった。

 

なぜこの学校に野口英世の名前がつけられているのか・・・

もともと野口がエクアドルに来る以前はこの学校に特別な名前は無く、単に「Escuela de los ninños:子供達の学校」と呼んでいたのだが、野口が来て黄熱病を収束させた事で多くのエクアドル人、そしてグアイリャバンバの人達が助けられたので、その功績から彼の名前をこの学校に付けたそうだ。

事前に調べて行ったので、ある程度はわかっていたが、この学校自体は野口英世が建てた訳でも訪れた訳でもない。ただ、当時の野口の働きを知ったグアイリャバンバの誰かが、彼の名前を学校に付けたに過ぎないのだ。それは本当に驚くべき事で、そしてとても嬉しい事。

 

今、この野口英世学校は、彼の故郷福島の学校と交流があるそうだ。

校長自身も野口の故郷である福島や京都など、日本を訪れた事があると言っていた。

 

その後は授業風景の見学。

こちらは最年少の4歳の子供達のクラス。

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「みんな何歳なの?」と聞くと、手を4にして「Yo tengo 4 años(4歳)」と答える。

1人が答えると、誰かがまた答えて、するとまた誰かが答えて・・・ もの凄く可愛かった。

 

こちらは5歳〜6歳のクラス。

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みんなちゃんと受け答えして、しっかりした子供達だった。 子供達の笑顔は本当に可愛い。

 

こちらは年齢は聞いていないが、更に上の学年。日本で言えば小学校低学年くらいだろうか。

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何を勉強しているの?と聞いてみたがよくわからず。生徒のノートを見せてくれた。

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人間のからだや健康について勉強しているのだろうか。

このくらいの年齢になってくると、僕に対する興味をストレートにぶつけてくる。

日本は遠いの?とか、日本語と中国語は違うの?とか、あるいは日本のマンガを持ってるよ!という子もいた。

 

こちらは更に上、小学校中学年くらいだろうか。

僕が学校の外から窓越しに話し、校長を呼んで来てドアを開けてくれたのがこの子達。

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この子達が一番僕に興味を持ってくれた。日本語を書いて欲しいと言われたので、名前を聞いてそれを漢字で書いてあげた。これは他の場所でも既に何度かやっているが、外国人からはとても喜ばれる。

この子達も、日本語で名前を書いてあげるととても喜んでくれた。

まるで有名人にサインを迫るファンのごとく、ノートとペンを持って僕の周りに集まり、僕はもみくちゃにされた。

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これは校長が、僕がどこから来たのかを地球儀を使って説明している場面。

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日本からは飛行機で20時間以上もかかるんだと言うと、みんな驚いていた。

この子達は最後にみんなで歌を歌ってくれた。

僕も歌が上手けりゃなぁ。1曲披露したいところだったが。。。(汗)

 

そして最後に12歳前後の生徒のいるクラス。

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ここまで来るとみな本当にしっかりしていて、落ち着いている。

この時は「自然」について勉強している最中であった。難しいかと聞くと、みな簡単だと言う。

エクアドルは世界的に有名なガラパゴス諸島のある国。バス移動の際の景色は雄大な自然。この素晴らしい自然をしっかりと守って欲しい。

 

学校の敷地はこの様な感じになっている。

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現在、生徒は358名。こんなに多くの子供達がこの中庭ではしゃぎまくっているのだ。

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そりゃ、呼び鈴鳴らしても聞こえないわな。。

 

こちらの校舎は2006年に日本によって新たに建てられたもの。

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壁には両国の国旗が描かれている。

 

こちらは予算が足りずに建設途中となっている校舎。

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一見ゴミの様に見えるが、これは全てペットボトル。

これを売って稼いでいるそうだが、ほとんどお金にならず、この校舎は未完成のまま。

沢山の子供達がいるので、なんとかしたいが・・・となかば嘆く様に話していた。

 

最後に、いろいろと学校を案内してくれた校長のパトリシアと一緒に校長室で写真撮影。

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もちろん野口英世も一緒に。

そして僕は野口英世の描かれている1000円札を1枚寄付して来た。

これをどのように使うかは学校に任せる。

 

帰り際、1人の男の子がクッキーをくれた。

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休み時間に食べる為に買っておいたのだろうか。

帰りのバスの中でいろんな事を思い出しながら食べたよ。ありがとう。

 

野口英世がエクアドルに来たのは1918年。今から約100年前の出来事。

それでが今でもこうしてエクアドルで語り継がれているというのは日本人として大変嬉しい事。

アポ無しで訪問した僕を快く歓迎してくれた、学校のみんなにも本当に感謝。

 

エクアドル人が野口英世の事を知っていた事も誇らしいけど、それよりも、彼の名前のついた学校で学んでいる子供達が本当に元気で楽しそうに学校生活を送っていた事が1番嬉しかった。

 

野口さ〜〜ん!!

あなたが助けたエクアドル人の子孫は、いま野口英世学校で元気に学んでますよ〜〜!!

 

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【 Guayllabamba:グアイリャバンバ情報 】

■ Mapa:地図

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■ Como puede llegar:行き方

メトロバスの終点「OFELIA:オフェリア駅」へ行き、そこで緑色のバスに乗る。

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バスの正面に「Guayllabamba」と書いてあるバスはグアイリャバンバの中心部まで行くと思われる。

「Cayambe:カヤンベ」行きのバスもグアイリャバンバを通るので、そちらでもOK(僕はこっち)

料金は行きは$0.6・帰りは$0.55だった。バスによって多少変わるのかも。所要時間45分。

 

グアイリャバンバに着いたら、パルケセントラルを目指す。

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シンプルな村なので、道を聞けば直ぐにわかる。このパルケのすぐ近くに「HIDEYO NOGUCHI」通りがあるので、それさえ見つけられればその野口英世通り状に「Escuela Hideyo Noguchi:野口英世学校」がある。

村の人なら大体知っているので、道を聞けば直ぐに見つかる。

 

■ その他

中南米諸国では、学校は「早朝から昼まで」というのが一般的で、この野口英世学校も同様。

なので、午前中に見学をする予定でキトを出発した方が良い。

 

以上、参考になれば幸いですっ!!

Ryosuke Oka

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2件のコメント

  1. いい体験だね。野口英世はすごいな。伝記をまた読みたくなったと同時に奮闘するね。

    Yo tengo 28 anos!

    1. yo se tu tienes 28 años.
      野口英世は知れば知る程に偉大な人だった。
      これから行く国にもまだまだ野口英世ゆかりの土地があるから、出来る限りみてこようと思っている。

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